1947-11-07 第1回国会 衆議院 国土計画委員会 第22号
がはたして民意を代表する組織になつておるかどうか、そういう御質問だつたろうと思いますが、その件に關しまして調査をいたしました結果、山形縣の開拓委員會の委員の前ぶれを見まするに、會長は知事でありますが、副會長は農地部長、それから委員といたしましてはたくさんありますが、總務部長、經済部長、土木部長、秋田營林局長、財務局の財産部長、農林省積雪地方經済調査所長、それから山形管財支所長、開發營團山形支部長、縣農業會長
がはたして民意を代表する組織になつておるかどうか、そういう御質問だつたろうと思いますが、その件に關しまして調査をいたしました結果、山形縣の開拓委員會の委員の前ぶれを見まするに、會長は知事でありますが、副會長は農地部長、それから委員といたしましてはたくさんありますが、總務部長、經済部長、土木部長、秋田營林局長、財務局の財産部長、農林省積雪地方經済調査所長、それから山形管財支所長、開發營團山形支部長、縣農業會長
船岡壽信ほか一名より、栃木縣内の摘發の隱退藏物資につき當該物件を確認し、かつ別紙記載の物件を山形縣農業會長理事佐藤直信へ供米完遂の目的のため別紙の通り報奬物資として引渡しを指令するものとする。(ただし右物品の代償はおつて本部の指令をまつて決裁するものとす)。右指司實行に對しては辯護士塚崎直義、同濱田三平に右處理を委任す。おつて右處理にあたつては、栃木縣宇都宮檢川局係員の立會を求むること。
それに對して縣農業會長の名前で、間島三好氏にあてた文書がありますから、讀み上げます。塚崎、濱田兩辯護士より報酬として百萬圓要求ありたることは、佐藤氏は――佐藤氏というのは私です。佐藤氏は左の通り復命している。上野驛前三翠館で森、佐藤に對し間島氏が、昨日濱田氏と會つたところ、百萬圓報酬を受けたしと言つているが、どう取計うかと話があつた。
それは何かとおつしやれば、ただいまここには持つておりませんが、東京上野の驛前の旅館に私が本日出席のために傍聽人として呼びましたる山形縣赤湯町におります森淳、この人間は私とともに山形縣農業會長から本件處理に關する全部の委任を受けておる者であります。私も森淳も委任状をもつております。
それゆえに、多少派生的とは思われまするが、こうした問題の本質を明らかにするために、山形縣農業會長を證人として出頭を願うという清澤君の御提議であります。さらに先ほど來證言の中にしばしば出てまいりました森淳君という人、この二名の證人を提議されております。委員長も至極もつともと思いますが、いかがでありましよう。
殊に私儀山形縣農業會長より本件に關し全面的委任を受け過去六ケ月凡有周圍の誘惑と妨害を種々なる手段を以て克服し來りたるに今日の事態は面目失墜は固より、先生始め政府の欺瞞行為に對する非難等誠に由々數問題に有之候。